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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)1514号 判決 1994年2月25日

原告

全日本運輸一般労働組合東春運輸支部

右代表者執行委員長

向田淑文

右訴訟代理人弁護士

岩月浩二

右同

小島高志

右同

小野万里子

被告

東春運輸株式会社

右代表者代表取締役

松田清

被告

丹羽秋信

被告

末林正明

被告ら三名訴訟代理人弁護士

柴田肇

右同

波田野浩平

主文

一  被告東春運輸株式会社及び同丹羽秋信は原告に対し、各自金八〇万円及びこれに対する平成二年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告末林正明に対する請求並びに被告東春運輸株式会社及び同丹羽秋信に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告と被告末林正明との間に生じた分は原告の負担とし、原告とその余の被告との間に生じた分はこれを三分し、その一を原告のその余を被告東春運輸株式会社及び同丹羽秋信の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する平成二年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告東春運輸株式会社(以下「被告会社」という。)の取締役である被告丹羽秋信(以下「被告秋信」という。)が、原告に対して、一連の不当労働行為(支配介入)を行ったことが不法行為に該当し、また原告の組合員であった被告末林正明(以下「被告末林」という。)は、右支配介入に積極的に加担したとして、原告が、被告会社、被告秋信及び被告末林に対して、損害賠償請求をした事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 被告会社は、貨物自動車運送事業、一般乗客自動車運送事業、自動車分解整備事業を目的とする株式会社であり、従業員として、名古屋市の委託によりゴミ収集トラック(塵芥車)の運転に従事する者約三〇名、タクシー運転に従事する者約六五名、自動車整備工場の業務に従事する者約三名外を雇用し、従業員総数は約一一五名である。

(二) 原告は、被告会社に働く労働者によって、昭和五二年一月に結成された組合員数約五〇名の労働組合であり、法人格は有していないが、社団としての実質を備え、代表者の定めを有するものである。

(三) また、被告会社には昭和六一年一月結成された労働組合東春会(組合員約四〇名)が存在する。

(四) 被告秋信は、被告会社の取締役であったものである。

(五) 被告末林は、被告会社の清掃トラック乗務員であった者である。

2  昭和六〇年一〇月に行われた原告の定期大会で、執行委員長について、向田淑文(以下「向田」という。)と、竹内衛(以下「竹内」という。)が立候補して選挙が実施された。選挙では向田が委員長に再選された。

3  昭和六〇年一二月二〇日、当時の原告組合員である友利圭祐(以下「友利」という。)、堂崎昇(以下「堂崎」という。)その外の従業員が勤務時間中の飲酒により懲戒処分を受けた。

二  原告の主張(請求原因)

1  被告会社及び被告秋信の不当労働行為

(一) 原告は、昭和五二年の結成以来被告会社に働く現業従業員の大半を組織する労働組合であったが、昭和六一年一月原告から脱退した組合員により、東春会が結成されたこと(以下「本件分裂」ともいう。)により、その組織率を大幅に低下させたものである。しかして、東春会は、被告会社及び被告秋信らの全面的支援を受けて結成されたものであり、被告秋信は、右分裂について被告会社側において主導的役割を果たした者、被告末林は、右分裂の従業員側の中心的主導者である。すなわち、右分裂は、以下のとおり、前記原告の定期大会における役員選挙から引き続いた被告会社及び被告秋信の物心両面にわたる全面的な支援によって引き起こされたものであって、東春会の結成、すなわち本件分裂は、被告会社及び被告秋信の原告に対する支配介入による不当労働行為の所産に外ならない。

(二) 委員長選挙

前記争いのない事実記載のとおり昭和六〇年一〇月に行われた原告の執行委員長選挙において、竹内が立候補したが、右竹内を擁立する中心的メンバーは、被告末林、友利、堂崎、青木利治(以下「青木」という。)らであった。

竹内を擁立する動きは昭和六〇年九月ころからあり、被告秋信は、自ら反向田派と目される組合員に対して飲食の饗応をするとともに、「向田を引きずり下ろせ、応援する。」等と述べて、向田の追い落としを指示、応援した。

また、被告末林らは、被告会社の指示を受け、竹内への支持を集めるため組合員に対して飲食のもてなしをなすなどの選挙活動を行い、被告会社及び被告秋信はこれらの飲食代金をほぼ全面的に負担した。

右被告会社及び被告秋信の行為は原告の運営に対する支配介入に外ならず、労働組合法が禁じた不当労働行為に該当することは明らかである。

そして、右のような運動の結果、竹内を支持する原告組合員の数が過半数となる見通しが立ち、竹内擁立の中心的メンバーは竹内の当選を確信したが、開票の結果、向田が再選された。

被告末林らは開票後直ちに被告秋信の自宅を訪れ、右結果を報告するとともに、力不足を陳謝した。また開票結果の分析によって、青木が読んだ票の約半分しか竹内に投票されていないことが判明し、選挙後まもなく、被告末林らは本社社長室を訪れ、被告秋信に面会し、竹内落選の責任は青木にあることを報告した。

被告秋信は、「青木を信頼していた。青木には一三〇万円を渡しているのにどういうことだ。」等と心外な様子で述べ、青木には選挙工作資金として金一三〇万円を渡していることを明言した。

こうして被告秋信の意図した向田追い落としは失敗に帰したが、右被告はその後、引き続き原告の分裂を画策した。

(三) 本件分裂及び東春会に対する差別的取扱

(1) 右のとおり、被告末林らが委員長選挙での向田追い落としに失敗した後間もない昭和六〇年一二月二〇日に、前記争いのない事実欄記載のとおり、友利、堂崎外の従業員が懲戒処分を受けるという事件が発生した。

その際被告末林、友利、堂崎らの動きに疑念を持っていた向田が、被告秋信の面前で友利らの右懲戒処分が軽すぎるとの発言をし、被告秋信はこの発言を利用して友利らに対して、向田に対する反発を煽り立てて、組合の分裂を慫慂し、新組合結成を全面的に応援することを約束した。

この結果、右向田発言に反発を示す組合員を中心にオルグが進み、昭和六一年一月、原告組合脱退者二〇名弱によって東春会が結成された。

そして、右オルグ活動も委員長選挙の際と同様、主として組合員に対する飲食のもてなしを伴うものであり、被告会社及び被告秋信は、右飲食代金をほぼ全面的に援助した。

また、被告秋信は、新組合結成準備会の後間もなく新組合結成の中心人物である被告末林らに対して、「お前らで好きなようにしろ。」と述べて金銭を与えた。

(2) さらに、被告会社及び被告秋信は、東春会がその組合員のために共済関係の条件を整備するうえでも東春会に対し特別な便宜を与え、東春会が組織を維持、拡大させる上での基礎的条件を具備させるべく、全面的な支援を行った。

すなわち東春会は組合員に対する福利厚生のため、労働金庫との取引を開始し、組合員に対する融資等の便宜を受けられるようにする必要があったところ、労働金庫側は労働組合としての実績がないこと、及び分裂組合であることから、東春会との取引について難色を示した。

当時の被告会社の丹羽等課長は、東春会が労働金庫と取引を開始できるよう労働金庫と折衝するなどの便宜を計った。

労働金庫は最終的には東春会が三〇〇万円を預金することを条件に、東春会との取引を了解したが、被告会社及び被告秋信はこの資金を被告末林らに貸し付け、東春会が労働金庫と取引できるように援助した。

また、被告会社は労働者共済に加入するのに必要な組合員数を確保させるために、女子事務員等を名目上、東春会に参加させるなどの便宜もはかった。

また被告秋信らは、東春会の定期大会、懇親旅行に必要な費用の一部を祝儀として負担し、さらに春闘妥結後には、東春会役員の苦労をねぎらうとして、役員に金銭を交付したりした。

(3) 右の一連の被告会社及び被告秋信の行為は、東春会に対し、差別的に便宜を与えて、原告の影響力を弱め、分断された一方の東春会の幹部を取り込んで、労働条件の切り下げを図ろうとしたものであり、支配介入の不当労働行為に該当することが明らかである。

(4) このような中、昭和六三年春闘はベースアップゼロ、祝祭日出勤代休日の返上という前代未聞の敗北を喫した。

2  責任原因

(一) 被告会社の取締役である被告秋信は、原告の役員選挙に介入して原告の役員を自らの掌中に治めようとして失敗するや、原告の分裂を策し、原告の一部組合員に対し原告からの分裂を慫慂し、これを全面的に応援する旨述べ、また分裂工作に必要な飲食饗応資金を与えるなど、精神的金銭的に全面的な援助をした。また東春会が所属組合員に対する福利厚生の条件を整えるに当たって、丹羽等をして労働金庫等との折衝に当たらせて便宜を図り、また金銭的便宜を与えた。さらに東春会に対してのみ懇親旅行の費用の一部を負担し、東春会役員を慰労すると称して金銭を交付するなどして東春会の活動を援助し続けた。

以上のとおり、被告秋信は原告の分裂に対し、あからさまな肩入れを行い、東春会結成後はこれに対し、あからさまな差別的厚遇を行った。これら被告秋信の行為は、すべて支配介入の不当労働行為であり、原告の団結権を侵害する違法行為である。その手段は買収と呼ぶべき極めて反社会的なものであって、被告秋信の行為の違法性は明白でありかつ高度である。

(二) 被告秋信は被告会社の取締役であったから、同被告の行為は労組法上被告会社の行為に当たり、前記の各行為は被告会社の不当労働行為に該当する。

(三) 被告末林は、原告から東春会が分裂する際のもっとも主導的なメンバーであり、以来、堂崎、友利ら外のメンバーが脱退した後も含めて、一貫して被告会社及び被告秋信から便宜を受け、その意を受けて原告組合の弱体化を策してきたものである。

(四) 被告らの一連の行為は原告組合に対する故意による違法な団結権侵害行為に外ならず、共同不法行為に該当する。

3  損害

原告はもともと被告会社の現業従業員の大半を組織していたが、被告らの不法行為の結果、本件分裂によって二〇名弱の組合員を失い、引き続いた東春会に対する差別的取扱いの結果、現在組織人員を五〇名にまで減じられ、被告会社における影響力を大幅に低下させられたものである。

被告らの不法行為によって原告が蒙った有形無形の損害は甚大であり、これを金銭に評価すれば五〇〇万円を下らない。

4  よって、原告は被告ら各自に対し、共同不法行為に基づく損害賠償金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年六月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告らの認否と主張

1  被告秋信、同末林らの行為に関する原告の主張はすべて否認する。

2  東春会の結成は友利及び堂崎の飲酒に関する懲戒処分をめぐっての向田の発言を契機に向田と反向田派であった友利らとの原告内における権力闘争の延長線上においてなされたものであって、被告秋信の慫慂はもちろんのこと同被告の関与すらなかったものである。

3  東春会が結成されたことによって原告組合員がその員数分減少するのは当然であり、また一企業内に複数の労働組合が存在することになれば、使用者との交渉において不利益が生ずることのあることは当然であるところ、本件においては、友利、堂崎、被告末林らをして東春会を結成せざるを得ないような組合運営を行い、東春会結成を回避しようとせず、また原告と東春会との統一を図ろうとしない向田ら原告の執行部の責任であり何ら被告らが損害を与えたものではない。

四  争点

1  被告会社及び被告秋信の原告に対する支配介入行為の有無。

2  1が肯定された場合、被告らの不法行為の成否と損害の額。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告会社及び被告秋信の支配介入行為の有無)について

(人証略)によって真正に成立したと認められる(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  本件分裂前後の昭和六〇年から六一年ころの被告会社の代表取締役は登記簿上は丹羽兵助であったが、被告会社の実質的な経営者は、専務の肩書きを有した被告秋信(右丹羽兵助の弟)であり、むしろ被告末林、友利、堂崎らの従業員は被告秋信を社長と呼ぶほどであった。

原告は昭和五二年に結成されたが、結成以降現在に至るまで殆どの期間向田が執行委員長を務め、その間、積極的に組合員の労働条件改善に取り組み、一定の成果を上げてきていた。

被告秋信は、かねてより原告の執行委員長として中心的地位にあった向田に反感を持っていたが、昭和六〇年一〇月に予定されていた原告の執行委員長選挙において、同じく向田の組合運営に対して不満を持っていた被告末林、堂崎、友利らに対し、向田を委員長から失脚させるよう働きかけ、更に、被告末林、堂崎、友利らが竹内を委員長候補に擁立し、選挙対策会議や多数派工作のため支払った選挙活動の費用を一部負担するなどする一方、同じく反向田派として前回の委員長選挙において委員長に立候補して落選したことのある青木に選挙資金として一三〇万円を渡すなどして、竹内当選のための便宜を図った。

しかし、選挙の結果は、被告秋信、同末林らの予想に反して、向田が再選されたため、被告末林らは、開票の場から直接秋信宅に向い、右選挙の結果を報告するとともに、被告秋信の支援を受けたにもかかわらず竹内を当選させることができなかったことを陳謝した。

右のとおり向田の対立候補を立てたが破れた被告末林、友利、堂崎らは、その後も、向田に対する反発を強め、原告を脱退して別組合を作ることを考えるようになった。

そのような折の昭和六〇年一二月二〇日、堂崎、友利外一名の者らが、勤務時間中に飲酒するという事件が発生し、被告会社は右の者らに一〇パーセントの減給三か月間という処分を課し、その結果を原告委員長の向田に通知した。

右通知を受けた向田が被告秋信に対し、処分が軽すぎるのではないかとの趣旨の発言をしたところ、被告秋信は、早速、友利及び堂崎に対し、向田が右のような発言をしたことにより、被告会社は対監督官庁に対する関係で困難な立場に立たされたなどと、向田を非難する口調でその発言内容を伝えた。これを聞いた友利及び堂崎は、組合員を守るべき立場にある執行委員長の発言として許せないという気持ちを強くしていたところに加え、向田から不祥事の責任をとって、そのころ務めていた原告役員を辞任するよう求められたことなどから、いよいよ向田を中心とする原告とは別の組合を作る決心を固め、被告末林らとともにその計画を実行に移すべく、新組合員の勧誘等の準備行為を行うに至った。

一方被告秋信は、このような被告末林、友利、堂崎らの活動に併せ、同人らが新組合員の勧誘等のために要した飲食費の一部を負担したり、新組合である東春会発足準備会における飲食費の領収証と引き換えに現金一八万五〇〇〇円を友利に手渡すなどして東春会結成のため資金的援助をなし、あるいは被告末林が新組合員の勧誘に原告組合員を訪れる際などに、自ら原告組合員に対し、被告末林らの話に応ずるよう電話をするなどして新組合への加入を慫慂した。その他、被告秋信は、被告末林らから、東春会が労働金庫に加入するため、同金庫から要求されていた同金庫への定期預金のための資金の融通を依頼され、同被告らに金三〇〇万円を無利息で貸付けて東春会の労働金庫への加入を容易にし、更に、東春会が労働者共済に団体加入するためには組合員が二〇名以上必要とされていたが、組合結成当初東春会は右人数を確保することができないでいたところ、被告秋信は、被告末林、友利、堂崎らと話し合ったうえ、東春会が、当時原告に加入していなかった事務系職員三名及び被告会社代表者の運転手一名の名前も借り、これらの者を名簿上東春会の組合員として登載することを了承し、東春会が労働者共済に加入する要件を整えて右労働者共済へ加入することに協力した。

ところで、組合が労働金庫及び労働者共済に加入し、組合員がこれら機関から融資及び共済を受けられるよう手続きを整えることは、組合が所属組合員の福利を図り組合の団結権を強化するうえで、重要な要素となると認められるから、被告秋信のした右行為は原告と差別して東春会を有利に扱ったものと言うべきである。

こうして、昭和六一年一月二一日、原告組合員のうち一七名の者が原告を脱退し東春会が結成され、その後間もなく組合員数を二二名として新組合が正式に発足した。その際被告末林が東春会の代表者に、堂崎が副代表者に、友利が書記長にそれぞれ選任された。

また東春会結成後も、被告秋信は東春会の幹部となった被告末林、堂崎、友利らに対し、東春会の慰安旅行や組合大会の折りなどには祝儀名目で、また春闘妥結後には慰労と称してそれぞれ金銭を交付するなどの利益を供与した。

2  以上のとおり認められ、(人証略)の各供述中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照し、いずれも措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  争点2の不法行為の成否について

1  前記認定の事実を総合すれば、被告秋信は原告に対し、支配介入の不当労働行為意思をもって、前認定の各行為を行ったことは明らかというべきである。

ところで、いわゆる不当労働行為救済制度は、労働組合法七条の要件を満たす場合に同法所定の手続きによって労働者・労働組合が労働委員会に対し、一定の救済を求め得るという労働組合法上の制度であって、使用者に同法の不当労働行為が存在したことから、直ちに右使用者に民法上の不法行為が成立するというものではない。

しかしながら、不当労働行為が労働組合法上許されないものであるということは、特段の事由のない限り、我が国の私法秩序において公序をなしていると見ることができるから、当該不当労働行為の態様が悪質で、当該組合に与えた影響が大きい等使用者が右の公序に違反して敢えて不当労働行為を行ったと認められる場合には、使用者の右行為は、当該組合の団結権を侵害するものとして不法行為を構成するというべきである。

そして、前記認定の事実によれば、被告秋信の行った本件不当労働行為は、被告会社の実質上の代表者ともいうべき地位にあった被告秋信が、原告組合の体制に不満を有する者に対し、直接金銭的援助を与えるなどして組合を弱体化させるために積極的に関与したものであって、その態様は悪質と言わざるをえないこと、その結果も、本件分裂という原告にとって極めて重大な結果を招いたこと、さらに、原告及びその執行委員長であった向田の組合活動を嫌悪し、原告組合を弱体化させようとする明確かつ一貫した動機・意思のもとに継続して行われたものであると認められるところであって、これらの事情を総合考慮すれば、被告秋信は、前記公序に違反して敢えて本件不当労働行為を行ったものと言うべきであるから、右行為は、民法上も違法との評価を免れず、不法行為を構成するものというべきである。

2  被告秋信は、前記認定のとおり、実質上の代表者として、被告会社の労務管理の一環として本件不当労働行為を行ったと認められるから、被告会社も右不法行為によって、原告に生じた損害を賠償する責任があるというべきである。

3  ところで、被告末林は、前記認定のとおり向田に対立するグループの中心の一人として東春会の結成等一連の行為を行った者であるけれども、被告末林は、本件分裂前は原告の組合員であり、本件分裂後も東春会の組合員であって使用者的立場に立ったことはなく、そもそも前記不当労働行為が不法行為を構成する所以で述べたような規範を与えられていた者とは言い難いことに加え、本件分裂は、原告の組合内部における向田派と反向田派との権力闘争あるいは路線争いという組合運動の結果生じたものであることは否定できないものであり、このような争いから組合員たる被告末林らが別組合を結成し、新たに結成された組合のため被告会社から有利な条件を得ようとして種々の活動をすること自体、労働組合法上違法な行為と評することはできない。したがって、たとえ被告末林の行為が外形的に使用者の不当労働行為に加担する面があったとしても、これをもって、原告に対する不法行為を構成すると認めることはできないというべきである。

三  争点2の損害額について

前記認定の被告会社及び被告秋信の本件不当労働行為の態様、程度、原告に与えた影響等を総合考慮すると、原告は、被告会社及び被告秋信の不法行為たる右不当労働行為によって、種々の非財産的損害を蒙ったことが認められ、これを金銭的に評価すれば、その金額は金八〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

ところで、本件分裂により組合員数が減少し、そのためこれに相応する組合費等の収入の減少したことが、本件不法行為による損害と認められるかについて考えるに、一般に労働組合法所定の不当労働行為制度により直接保護されている権利は労働組合の団結権であり、これを自然人に比すれば一種の人格権ともいうべきものであって、私法上認められている財産権とは性格を異にするものであると解される。したがって、使用者によりなされた不当労働行為が不法行為を構成する場合(なお、当初から組合財産を毀損する目的でなされたなど、これが不当労働行為と別個に不法行為の認められる場合は別である。)、不当労働行為に基づく不法行為により侵害された権利ないし利益は団結権と解するほかなく、たとえ、当該不当労働行為の影響により団結権が侵害され組合員数の減少が生じたとしても、それは各個組合員の自由意思によって招来された結果であり、ひいてはこれによる組合費の減少も間接的な損害というべきものであると解される。そうすると、原告が本件分裂によって組合費の収入が減少した等の財産的損害を本件不法行為による原告の損害と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

第四結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、被告会社及び被告秋信に対して、各自金八〇万円の支払を求める限度で理由があるから認容し、右被告らに対するその余の請求及び被告末林に対する請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 潮見直之 裁判官 黒田豊)

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